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「田舎の未来」を読んだ。そしてIF I AMと面白法人カヤックの話。

「"キになる"を"スキになる"」

なんていうスローガンで学生メディア団体IF I AMに所属していたのがもう2年半くらい前。 そのIF I AMの24h生配信放送がつい先日行われた。 去年は事情により配信はなかったが、それまで24hの生配信は年1回の行事だった。

それが後輩たちの努力と熱意によって2年ぶりに配信された。 そのときのある番組企画の中で、よくできた後輩OBのメンバーから

「このスローガンの意図は今の現役のメンバーに果たして伝わっているのか?」

という話があがった。

確かにこのスローガンを考えたうちの一人である僕は、ある日突然大学院をやめてその2週間後、仙台から遠く鎌倉に出発してしまったわけで、それらしい引き継ぎを一切していない。(最低だ。)

文字だけを見ればやっぱりperfumeだし、僕自身もperfumeだよ、と言っている*1し、それでもなんだか意味深そうなこのスローガンはおそらく後輩らにとっては目の上のたんこぶになっていたのかもしれない。

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だけどやはり(少なくとも今)IF I AMが目指したいメディアの形としてこのスローガンは悪くないと、わがままながら思う。そのことを今回Twitterでたまたま見かけで衝動買いした「田舎の未来」を読んで改めて強く思った。

今回はそのことを自分の過去をざっくり振り返りながら書き起こす。

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先に断っておくとこの文章はちゃんとした書評でもなければ誰か特定の個人へのメッセージでもなく自分の過去の振り返りと手元の選択肢の整理が目的のものだ。


「田舎の未来」はクリエイターで、物書きで、イベンターで、元広告代理店の人で、なにより北海道の人であるさのかずやさんていうなんかすごい人が学生時代に書いたひとつのブログから就職->大学院->再就職->フリーランス->…とポジションを変え、いろんな人と出会いいろんな挑戦をし、そしてぐいぐいと視座を高めながら地元である北海道を主軸に「田舎と都会」を考えて書いた連載のまとめ(+α)の内容だ。

視座の低い僕には後半の中国の話あたりから「ほーほー」としか言えなくなってしまったわけだが、中盤にあった「さとり世代の将来の夢と、「仕事」を疑うことについて」の章がとても印象に残った。

僕が8年前(!?)進学で高崎から仙台に来たとき最初に思ったのは「なんでもあるな、この街は」ということだった。徒歩圏内にバカみたいにコンビニはあるし、少し東に行けば海があるし、少し西に行けば山があるし、国分町は朝まで明るいし、駅もおしゃれだし、ドトールがあるし、新幹線は高崎も止まるからここは同点だ。とにかくコンビニエンスな街だった。 だけど一方で壁一面にレコードが埋まっている(埋まっているという表現がぴったりくる)駄菓子屋はないし、カエルに爆竹を噛ませて田んぼに投げるガキもいないし、三味線を弾くストリートミュージシャンも、田舎らしいオリジナリティ溢れる派手な痛車も見ないし、上毛三山に囲まれて地平線まで無限に広がる関東平野の景色もここない。それと並ぶ大事な景色はあの春の日に流されてしまった。

「都会だなぁ」そんな憧れと退屈の間のなんとも言えない複雑な感情を心の何処かに持ちつつ、僕は適度な友好関係の中で少しずつ人としてつまらなくなっていった(というか中高がバカみたいに面白かったんだけどその話は始めると長いので割愛)。

そんな中で諸悪の根源であり大好きな先輩であるはせがわりゅうや氏から「みんなで夜中に大喜利やるからお前もこい」とだけ連絡をもらってフラっと遊びにいったのがIF I AMの24h配信(第150回配信)だった。

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IF I AMの存在はTwitterなどで以前から何となく知っていた。震災をきっかけに仙台の大学生が中心となって始まったインターネット番組、そしてそれを企画・配信する団体だ、と。

「え?震災のこと考える番組で大喜利とか配信すんの?」最初はわけがわからなかった。だけど参加してみてめっちゃ面白かった。大喜利でウケが取れたのかというと霜降り明星粗品くらい(つまり中の下くらい)しかIPPONは取れなかったんだけどまあ楽しかった。 学生が絶妙なお題を発表して、学生が手持ちのホワイトボードに文字を書きなぐり、そして真剣にボケる、それがインターネットの海に流され続ける。その空間がとにかくバカみたいだった。

そんな感じで大喜利が終わって「あー面白かったし、帰って寝るかな。」と思っていたんだけど、そのあとに始まったコーナーがすごかった。

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当時女子大生だったさだひろの企画「ピクトさんを探せ」である。 内容はチームを組んで仙台の街中にあるピクトグラムをただひたすら探す、それだけ。

衝撃だった。いや、何か明確に「負けた」と感じた。 「仙台が、東北がつまらないんじゃなくて俺がつまらないんじゃね?」という気づき、人生最大のヒヤリハットだった。

ピクトグラムそれ自体が面白いんじゃない。 そこに対して注目できることが面白いんだ。 (いやたぶんさだひろにとってはピクトグラム自体が面白いんだろうけど。やっぱあいつが変だな。)

そしてそれに続くタイムスケジュールも、そんなふざけた(でもワクワクする)企画が盛りだくさんだった。

結局僕はその日初めて参加したこのIF I AM24h配信で22hくらい寝ずにそばで見ていた唯一の男になってしまった。 (初参加の人にカメラとスイッチャーをやらせてくれるとても心の広い番組です。)

そう、そんな感じで僕はIF I AMと出会い、混ざっていったのだ。

自分語りが長くなった。

「なんで震災復興から始まった学生メディアのスローガンがこれになったの?」って質問に自分なりにちゃんと答えるなら「復興の次のアクションとして"キになる"を"スキになる"活動をやっていくべきだと思うから」という感じになる。

「田舎の未来」では"消費者根性"という言葉が使われていたが、IF I AMに入る前の自分はまさしくそれだった。 僕らは資本主義、まあつまりは贅沢やお金を目の前にすると効率性・利便性を盾に色々なものに対して受動的になってしまう、たとえば原発、たとえば自衛隊、たとえば選挙だってそうかもしれない。明日の財布の中身に影響のないことに関しては一旦受け身になってしまうとなかなか能動的になれない。

学会で「で、君の北海道での活動は今後どうお金になるの?」と聞かれたさの氏が憤りを感じた、と本文でも話があったが、IF I AMに出会う前の僕だったらきっと同じことを聞くだろう。

でも今は違う。そうじゃないんだと。

面白くないことをしてお金を稼いで明日を生きるのだけが正義なのか、もしそれが正義ならきっとこのままだとお金も人もいない田舎は死ぬことから免れないんじゃないか。

お金を集めることは当面のことを考えれば重要だし、それなしじゃ口だけ男なのは確かだ。 でもその先のビジョンを果たして持てているだろうか。ぼくらはどう生きてどう暮らしたいのか。


震災のとき僕はまだ高校生で群馬にいた。つまり、あの日あの瞬間仙台にいたわけではない。 それでもそこから地獄のように続いたネット上のデマや根拠薄弱なメディアの内容に僕らは信じるものを見失い、困惑した。 計画停電の中で自分の将来を考えた。


「"キになる"〜」のスローガンになる前は「復興を考えるソーシャル学生ネットワーク」というのを掲げていた。番組開始直後からずっとこれだった。 今のスローガンに変わったのはFBのページを永遠と遡って調べたところ2015年6月28日のことだった。 残念ながら議事録らしい議事録は見当たらなかったが、あのとき議論したことはこんな感じだ。

つまり震災から数年が経って果たして毎週僕らは復興をテーマに番組作りを続けていくべきなのか、ハッピーな、それこそ大喜利ピクトグラムのようなコンテンツを真正面から続けていけるのか、という話だ。そのころはどんどん低学年が入ってきて外部の人たちとのコラボなんかも始まって新しい流れが生まれていた。その中で番組のあり方を見直したとき、それこそ場合によってはIF I AMという番組自体もう終わりでも良いのではないか?という、なんとも重い議論だった。

でも、僕らはそうはならなかった。発起人であるなかこさんや学生を統括してくれていたうるしださん他、大人陣はみんなのやりたいことをやれる"場"としてのIF I AMを尊重してくれた。

"場"として残るメディアというのはさのさんがオホーツク島で実現しようとしたビジョンに近いものを感じる。つまり僕らは月間何万PVのために活動するのではない、自分たちとその周りの人のためのメディアであろうという姿だ。復興という言葉の窓を通してそれまでいろいろな事態を自分たちなりに伝えてきた。ではその次のステップは何か。それはそこに生きる人たちが身近に感じられて小さなクリエイティブがリンクし合う空間を生み出す、そういう形のメディアを作りたい(と僕はその会議で感じた)。

このときの僕の立ち位置は上に書いた"新しい流れ"の中の人だった。はじきだされても不思議はないし、そうでなかったとしても震災からずっと番組作りを続けてきたメンバーから疎まれても(というか疎まれてしまうのがおそらく普通?)文句は言えない、そんなポジションだった。

番組を作っていく上でとても良いスローガンだと思った。言葉の力を感じた瞬間でもあった。


「"キになる"を"スキになる"」のは我々なのか、あるいは視聴者なのか、もっと大きなグループなのか、という話題も今回の24hであった。その答えも僕の中でははっきりしている。

「"まずは僕らから"だ。」

これも「田舎の未来」の中にも書かれていた(正確には引用されていたリチャードフロリダが述べていた)ことだ。

そして、あんまり勝手なことは書けないが僕が今いるカヤックのスピリットそのものだ(と思っている)。


カヤック「面白法人」なんていうやばい屋号を抱えている。 また一方で「つくる人を増やす」という経営理念を持っている。

カヤックは毎年いろんなバックグラウンドの人が入ってくるが、一人の中の人の感覚として、みんなに共通しているのが"つくる"という行為と"面白さ"をしっかりと自分の中でリンクづけられている人が多いということだ。

面白法人という屋号は誤解されやすい。 「カヤックがまた面白くないことやってるよーw」というtweetをよく見る。 たしかに最近はうんこにお熱な弊社だが、屋号に抱えている面白さはそういったM-1的な面白さというわけではない。

それは自分たちがつくることで感じることができる面白さだ。

これは僕の解釈ではなく社長の解釈である。いろんなところで話しているので出典は特に書かないが興味があればインタビューや社長日記などを読んでみてほしい。(本当にいろんなところで言っている。)

まず「つくっている僕らが面白がる」そこからそれを見た誰かが面白がって、その彼氏が面白がって、お母さんが面白がって、飼い犬がウレションをする。そういうループをつくっていこうという話だ。

カヤックは一般的にIT企業と認知されているため「つくる」というとWEBサービスだったりソーシャルゲームだったりSNSだったりを連想するかもしれない。そこから「つくる人」としてエンジニアやデザイナーといった職業をイメージするだろう。だが「エンジニア,デザイナー=つくる人」ではない。現に僕らの名刺には「CREATOR」と書かれている。つまり経営理念に書かれている「つくる」というのは具体的な履歴書に書けるような知識やスキルに関してだけではない、ということだ。

料理をすること、それから子育て(これこそ最高の"つくる人"だと思う)、カメラマン、ダンサー、ゲーマー、Youtuber、作家、映画監督、漫画家、歌手...僕らはあらゆる面で意欲的になにかを作って、そして誰かに伝えることができる。そこにエネルギーが生まれる。

つくる人を増やす、というのはその面白がる連鎖の中で生まれるエネルギーでより良い世界を目指そう、という話だ。 (と解釈している。)

弊社の社長がつい最近書いた本「鎌倉資本主義」もいろんな場面で社員は聞かされているわけだが、まさにそういう話だ。鎌倉という地で資本(=お金)に縛られない働き方、生き方、クリエイティビティの発揮を模索する。

https://www.amazon.co.jp/dp/4833423049www.amazon.co.jp

(実はまだちゃんと読んでないけどリンクを貼る、という。)

今回読んだ「田舎の未来」の本文にこういった一見するとどこにも熱源を持っていないのに何かに突き動かされたかのように活動的な人々の表現に「謎のやる気」という言葉が出てくるが、その意味ではカヤックは謎のやる気を持った人が多い。そしてこれはIF I AMでもまったく同じだったのだ、と思うのだ。

(めちゃめちゃ言葉通りだ。「謎のやる気」。あいつはどこからやってくるんだ?という話も面白いがそれはまた別機会に。)

IF I AMの活動はお金にならなかった(少なくとも僕がいたころは)。

それでもほらぐちという愛すべきバカを中心に企画はどんどん生まれ、取材をし、ロケをし、動画をつくり、番組をつくった。

なぜ?

面白かったからだ。

内輪だなぁ、という外野からの声も当然あった。

でもそれでいい。最初からマスを狙いに行かなくていい。

それは逃げではない。

まずは作っている僕らが最大限に面白がることだ。

「おもしろい場所には面白い人が集まる」

それを目指そう。

同じように、だから面白法人は今日も「つくる人を増やす」ために頑張るのだ。


余談だが、この「つくる人を増やす」という経営理念をいかように解釈するかというのを色々な社員が書いた記事が弊社の公式サイトに時々乗っているので興味がある人は読んでみてほしい。重ねていうが上に書いたのは基本的には僕なりの解釈だ。

www.kayac.com

www.kayac.com

www.kayac.com

そういえば、作り話のようだが、僕がカヤックに入社を決めたきっかけは逆求人面談で、いきなり社長のやなさんと1vs1で話したからだ。 あのときエンジニアの逆求人イベントでスキルのある学生らがこぞって自分たちの技術力をアピールする中、僕はひたすらIF I AMでの活動、そしてこれからの働き方の話をした。(それはそれでウケがよかった。)

そこで一番面白がって「すぐうちこいよ」と言ってくれたのがやなさんだった。 (あと「君は話が長い」とも言われた。)


スタートは自分たちから。まずそこで自分たちの"キになる"ことを"スキになる"。そのためには待っているだけじゃだめだ。動かないと。動くのはめんどくさい。失敗もするし、疲れる。でも、アクションを起こさないとわからなかった面白さがそこにある。それは見てくれた人には伝わる。

具体的に今後の活動でちゃんとマスを狙うのか、あるいはそうしないのかはこれからのメンバーに任せるけれど、自分たちが面白いと思ったことをやってほしい。社会のしがらみなしでそんなことできる環境は多くない。うるしださん他、大人人には本当に感謝である。(そしてそんな大人陣に自分も含まれているという自覚を持たねば…。)


地域の価値を生むのは地域に住む人たちに他ならない。 おもしろい地域にはおもしろい人が集まる。 そのための「メディア」をIF I AMは目指せるんじゃないかな、そう感じた。

今回の24hは家でのんびりみていたけれど、この思いは間違っていないと思う。 彼らならもっと面白いことができる。 お世辞ではない。ぼくは年下相手にも負けず嫌いなので。 割とマジでびっくりするくらい面白いやつが入ってきたと思った。

そうだ、俺ももっと面白いことができる。

俺は俺と俺の周りのささやかな幸せと生活を守るために"面白い"をエネルギーに変えていく。 そのためにつくってつくってつくってつくってつくってつくって、"キになる"ことをちょっとずつ"スキになって"いくんだ。


最後になるが「田舎の未来」はなにか答えを示してくれる本ではない。 それどころか著者が最後まで迷っている、戦っている。でも、戦っている人がいるということがわかる。 それがわかるだけで読んで有意義な本だった。

僕は読んだ本の良かったところのページの角を折ったり線を引くのは、チラシ広告でそうしてた母親を想起してあまり好きではないのだが今回はたくさんしてしまった。

もう一度リンクを貼っておくのでこの超内向的なブログ記事を読んで興味を持ってくれた人は読んでみてほしい。

「田舎の未来」と銘打ってはいるがそれは単純な、物理的な都会・田舎の話に限ったことではない、というのは伝えてきた通りだ。

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IF I AM 24時間配信2017 - IF I AMメディア概論。 今見直しても「まーじでなにこいつクサすぎるんだけど...」って感じは否めないんだけどやっぱり今でも僕はそう思っているので最後に再掲しておく。

IF I AMの人たちはやっぱり友だちという言葉じゃしっくり来ない。仲間…?

そうだ、俺は一番のつくる人たちをIF I AMで見てきたんだ。