はじめに
"Strange Attractor"(SA)は、カオス理論における概念の1つであり、決定論的な力学系に現れる非周期かつフラクタルな軌道構造を指します。具体的には初期条件に敏感に反応しつつ、全体として特定の形状に収束するという、秩序と無秩序が共存した性質を持ちます。
"Strange Attractor"という語自体は、特定の方程式系を指す固有名ではなく、構造的な性質に基づく挙動の総称です。そのうち、物理現象との関連性や視覚的・数学的な特徴が顕著なものには、発見者や研究者の名前が冠され、「○○ Attractor」などと呼ばれることがあります。
SAは、気象、流体、電子回路、化学反応などさまざまな自然現象のモデリングに用いられる一方で、その造形美からジェネラティブアートや映像表現にも応用されています。このように科学と芸術の両側面から関心を集める、実に魅力的な存在です。
SAの分類
SAは、その発見経緯や応用分野に応じて、いくつかの系統に分類することができます。本記事では、以下の4つのカテゴリーに沿って整理し、それぞれの特徴を持つアトラクターをいくつか取り上げて紹介していきます。
なお、今回取り上げるアトラクターは、学術的な重要性に基づくものではなく、ビジュアライズした際の造形的な魅力や、筆者の個人的な興味を基準に選んでいます。分類の枠組み自体は汎用的なものですが、具体例については一つの見方として参考にしてください。
TYPE 1 : 気象・流体・物理現象モデル
SAの研究が本格的に始まったのは、気象シミュレーションや流体の非線形挙動を通じてでした。これらのモデルは、実際の自然現象をもとに構築されており、物理法則との対応関係が明確です。
● Lorenz Attractor
1963年、気象学者Edward Lorenzによって提案された3変数の微分方程式モデルです。気象の簡易シミュレーション中に、初期値のわずかな違いが予測結果に大きな影響を及ぼすことに気づき、これを「バタフライ効果」として報告しました。その複雑な軌道構造は後に Lorenz Attractor と呼ばれ、カオス理論の出発点として広く知られるようになりました。
● Hadley Attractor
熱帯から極地への大気の大きな循環パターン(Hadley循環)を表現する簡易モデルに由来するアトラクターです。地球の気候の長期的な変動を定性的に理解するために導入され、Lorenz 系と同様、非線形性や外部強制によりカオス的な挙動を示します。
● Nosé–Hoover Attractor
統計力学における温度制御手法として、Shuichi Nosé および William Hoover によって提案された力学系に基づくアトラクターです。当初は粒子の運動エネルギーを一定に保つ「熱浴モデル」として設計されましたが、適切なパラメータのもとでカオス的な軌道を生むことが確認されました。分子動力学や統計力学の研究で扱われる重要な概念です。
TYPE 2 : 化学反応・生物系モデル
化学や生物における周期的変化やフィードバック構造も、カオスを生み出す重要なメカニズムの一つです。このカテゴリーでは、化学振動や生体信号など、実験的に観測される現象の数理モデル化が主な対象となります。
● Thomas Attractor
Thomas Attractor は、数学者 René Thomas によって提案された、非常にシンプルな構造を持つ3次元のカオス系です。特定の物理現象を再現するものではなく、生物学におけるスイッチ的な挙動(例:遺伝子制御ネットワーク)を模倣することを目的に設計されました。その意味では後述のTYPE 4とのハイブリッドに分類できそうです。x、y、z変数に対して循環対称な形式を持ち、摩擦によって減衰する粒子の軌道として解釈することもできることなどから、カオス理論や非線形動力学の研究でも使用されます。
TYPE 3 : 工学・電子回路・制御理論モデル
電子回路の発振や制御系の非線形性も、カオスを生み出す重要な源となります。この分野では、現象の再現性に加え、リアルタイム制御や信号処理といった工学的応用の観点から研究が進められてきました。
● Chen-Lee System
Chen-Lee Systemは、2004年に Chen Guanrongらによって提案されたカオス系で、剛体の運動に関するオイラー方程式に基づいて開発されました。通信や制御工学への応用を想定して設計されており、安定性や制御のしやすさが特徴です。
「System」と呼ばれるのは、特定の軌道構造(アトラクター)を指すのではなく、方程式全体の構造やそのバリエーションに注目しているためです。実際、パラメータ設定や構造の変化によって多様なカオス的ふるまいを示すモデル群として扱われています。
ちなみにSAの1つとして有名なChen Attractorとは別の研究者によるものだそうです。
TYPE 4 : 純粋数学的探求
このカテゴリーでは、特定の物理現象をモデル化するのではなく、数学的な構造の面白さや視覚的な美しさを追求した系を扱います。教育用途の可視化やジェネラティブアートとの親和性も高く、創作活動にも広く応用されています。
● Sprott Systems
Sprott Systemsは、1994年に物理学者 Julien C. Sprottによって提案された、非常にシンプルな構造を持つ3次元のカオス系の集合です。非線形項を機械的に組み合わせることで、多様なカオス挙動を示す方程式を網羅的に探索し、18?19?種類のモデルが提示されました。
特定の現象を再現するのではなく、最小限の構造から複雑なふるまいが生まれることを示す目的で設計されており、教育・可視化・芸術分野で広く活用されています。個別のアトラクターではなく、方程式の体系(ファミリー)として提示されているため、「Attractor」ではなく「Systems」と総称されています。
実装(TouchDesigner POPs Tips)
2025年のExperimental版から、TouchDesignerには新たにPOPsと呼ばれるオペレータ群が追加されました。
チュートリアル動画も連日YouTubeなどで共有されていますが、まずはこのガイドを読むのがおすすめです。(Learning About POPs)
これまでは、SAのような連立微分方程式をTouchDesigner上で実装するには、TOPsを駆使した“TOP芸”に頼る必要がありました。これは視覚的出力に使われるはずのオペレータを計算用に転用する手法で、いくつかの中間的なグラフィック表現を経由するため、構造が複雑になりがちで初心者にはややハードルが高いものでした。
しかし今回新しく加わったPOPsを使えば、こうした数学モデルの構築がはるかにシンプルになります。
例として、先ほども登場したHadley Attractorの第2式は以下のように表されます:
これを POPsで再現する場合、Math Mix POP 1つの中でこの式を直接設定するだけで、複雑な中間表現を挟まずに済みます。
(正確にはFeedback POPなどと組み合わせる必要があったりと、もう少し工夫が必要です。)

POPsはまだ登場したばかりですが、複雑な数式モデルを直感的に扱える表現環境として非常に強力です。特に SAのように、方程式が明確で、構造も比較的単純な系とは非常に相性が良いと言えるでしょう。
Hadley Attractor の tox です。ご自由にお使いください。
さいごに
この記事はPY Technical Posts Month 2025年6月24日分の投稿です。
PYのメンバーが様々なTech記事を投稿しているので他の記事もぜひお楽しみください。